2007年5月28日月曜日

日本語の一人称代名詞


前回は英語の「I」と「Me」の違いを主張していましたが、この二つは誰も使っています。日本語の一人称代名詞の場合は無論違います。日本語の勉強を大学で始めて、直ぐに「私」に出会いました。「私イコールI。ふむふむ、なるほど。よーし、次の単語は?」と簡単に受け取りました。そして、次の学期に、「僕」も教わりました。直ぐに使い始めた人もクラスにいましたが、私はもう「私」に慣れていたし、「私」は字としてバランスがとれていて、書きやすいので、わざわざ「僕」を使い出すことは面倒くさく感じました。それから、「僕」は男性専用だと言われたので、使ってしまえば、自分がマッチョマンに見えるのではないか、というためらいもありました。(私は普通の男性なのですが、マッチョマンではないことは明らかだと思います。)「僕」にはそういう雰囲気がしないことは今充分解っていますが、日本語の一年生には男専用の一人称代名詞は実に不思議な現象で、どう解釈すればいいのかまるで分かりませんでした。場合によって一人称代名詞を選ぶことは多分教わったと思いますが、私は「私」から離れませんでした。何しろ、日本語を話す所は教室しかなかったので、「場合」はいつも同じでした。

留学の頃は始めて生きた日本語に囲まれ、「オレ」、「アタシ」、「ワシ」という言葉から日本語の一人称代名詞の幅広さを少しずつ意識してきました。しかし、私を泊めてくれたホストファミリーに、「私」以外の一人称代名詞を使わせてもらえませんでした。「僕」を口にしてみると、若い人が使うと失礼だと言われました。その挙句、留学グループの他のメンバーが「僕」や「オレ」を楽しそうに使っていたところ、自分は「私」に縛り付けられた気分になりつつあったのです。今から考えてみると、あのホストファミリーは何故「僕」を好まなかったのか、よく分かりません。

アメリカに帰えり、その翌年大学で日本語を学ぶ時代が終わり、数年の日本語バキュームが過ぎました。ところが、家内と結婚し、日本語を再び知り合うチャンスが訪れました。最初の頃は「私」がまだ口に残っていましたが、「僕禁止」というムードがもう消えていたので、「私」がそろそろ「僕」に変わりました。

その頃から今までの十数年間、「僕」を使い続けてきました。たまたまフォーマルな場面に出会うと、「私」に戻りますが、それ以外は専ら「僕」です。「オレ」は殆ど使っていません。プンプン起こっていると、うっかり口にすることもありますが、それは一年に一回程度でしょうか。基本的に私には似合わない言葉だと思います。同じように、「お前」をめったに使いません。(たまに使ってもその対象は家の犬に決まっています。)

そんなに「僕」に馴染んできたので、このブログを始めて、「私」がつい出てきた時は少し驚きました。何が普通に使われているのか知りたくて、早速日本人のブログを幾つか見学しました。しかし、「呟き系」もあれば、「エッセイ系」もあり、あらゆる一人称代名詞が使われています。それで、自分の立場を考えることにしました。これは私の初めてのブログ経験で皆様の前で「呟く」ことはどうも出来なさそうでした。それに、普段使っている日本語よりはもう少し綺麗で礼儀正しい日本語にしようと思ったのです。結局、私は「私」でいいように思えました。

でも、頂いたコメントのレスを書くと、また「僕」になってしまいます。何故か、一人の相手に対して書くと、自分の会話的な声が出てくるのです。

このように、自分が自然に口にする一人称代名詞を使うようになりましたが、それは日本人の耳にも自然に聞こえるかどうかは解りません。しかも、日本人はどのくらい意識して人称代名詞を選んでいるかも解りません。

やはり、日本語の一人称代名詞にどんなに使い慣れても、我輩は外国人である。

3 件のコメント:

sadomago さんのコメント...

生粋の日本人です。一人称代名詞の使い方をこのように考察されている文章を読んで感動いたしました。
女の身ではありますが、"僕"を使用する場合もあります。もしも男性に生まれていれば"私" "俺" "僕" を使いわけて生活していたと思います。
一人称代名詞の選択肢の無い言語世界を想像したのは初めてです。使い分けをすることで無意識のうちに、対峙する相手との自分の関係を定義する効果があるのかも知れません。
とても面白い題材だとおもいます。今後自分でも考えていきたいとおもいました。

とぼ さんのコメント...

芳生子さん、コメントをありがとうございます。

そうですか。"僕"は男性専用ではなかったのですね。やはり、日本語の先生が分かりやすくするため、日本語のルールを簡単にまとめていたのでしょう。

そういえば、東北の方言には、女性が自分のことを「オレ」で示していることもありますよね。

そういう「無意識のうちに」一人称代名詞を選ぶことは日本語ネイティブの方ならでは、ということでしょう。そういう風にいろいろな人間関係にあわせて代名詞を選べることは日本語の幅広さというか、弾力性というか、非常に面白い特徴だと僕も思っています。

よろしければ、是非またいらっしゃってくださいね!

spicy812 さんのコメント...

はじめまして。私は今大学3年生で、卒業論文のテーマを「人称」にしようと思っています(まだ確定していませんが)。留学生は日本語を習うときに教科書で自分のことを指すことばとして「私」を習いますが、なぜ私の周りの留学生の友達は「俺」や「僕」を使うようになったのだろうと思っていました。つまり一人称を変えるときの心理的な変化や原因に興味があるということです。また、これは日本人にも言えることだと思います。日本人の子どももはじめは自分の名前で呼んだり、自分の名前に「ちゃん」をつけたりする子供が多いですが、大人でそのように自分を呼ぶ人はあまりいません。
ちょうど外国人が使う日本語の人称について調べていたときにこのブログに出会えて、とても参考になりました。ありがとうございました。