2019年8月22日木曜日

シニア恋愛の話

ちょっと寄り道ではありますが、僕の来日が中止になりそうになった時の話をします。

人生の大きな岐路に立たされ、悩みながら歩むべき道を決めるのは柔軟性のある、中年の世代だと思います。例外ももちろんありますが、僕たちが日本に引っ越すべきかどうかはその好例だったのでしょう。

僕と家内は日本とアメリカをいろんな局面から比較し、日本に住むメリットとディメリットをリストアップし、それを見つめつつ悩んだりはしましたが、結局日本に住んでみようということで合意しました。

でもうちの娘は8歳で来日することについて自分の意見を持つことができず、ついて行くしかありませんでした。

また、僕の両親はちょうどそのころ、老人住居施設に引っ越すことを決めていました。彼らは僕たちが海外に行ってしまうのは寂しかったと思いますが、「俺たち大丈夫だからお前らは日本に行きなさい」と励ましてくれました。僕たちの計画を阻止したくなかったようです。

Toboたちを上下で挟む世代はこれで尽きただろうと思われそうですが、実はもう一人(というか、一匹)の関係者がおりました。それは愛犬のジンジャー(別称:ジンノスケ)でした。ジンジャーを動物保護施設からもらったため、彼女の年齢ははっきり分かりませんが、13歳以上だったということは確かです。つまり、老犬でした。

もっと若い犬なら貰い手が見つかりやすいですが、老犬を貰いたがる家庭は滅多にありません。そして環境の全く違う日本に連れて行くことは非現実的でした。生きて検疫所から出てくることさえ想像できませんでした。僕は既に仕事のオファーを承諾していましたが、だんだんと恐ろしくなってきました。ジンジャーの将来が心配でなりませんでした。獣医さんは安楽死を提案しましたが、僕はそれが絶対にイヤでした。仕事を辞退するしかないのかなと少しずつ思うようになりました。

でも可能性が低くても道はあるかもしれないし、できることはしようと思いました。ジンジャーの情報を貰い手を求めるペットの掲示板に載せました。ずっと反響はなかったのでもうダメだろうと諦めましたが、来日を取りやめる話を始めようかと悩んでいた時期に救いの手が伸ばされてきました。ジンジャーに会ってみたいという連絡です。

メッセージをくれたEさんはクランシーという老犬を飼っていました。最近まで二匹でしたが、一匹が歳で亡くなったそうです。クランシーは目がほとんど見えず、相棒が亡くなるまではいつも彼の後について、導いてもらいながら活動していたそうです。相棒の支えを奪われたクランシーは外出する勇気も元気もなくなっていました。それで飼い主は相棒に代わる「犬用盲導犬」を求めてジンジャーに着目したのです。仔犬だとあと10何年飼わないといけないし、ジンジャーぐらいの歳の犬がちょうどいいということでした。

ジンジャーを連れて様子を見に行ったところ、とても良い環境でした。フェンスに囲まれた広い庭があり、犬が自由に出入りできるようになっていました。クランシーとジンジャーはすぐに仲良くなり、庭で遊び始めました。何だかラブラブな雰囲気です。

心配な点はなかったわけではありません。Eさんは猫も飼っており、その餌を一日中出していたようです。食いしん坊のジンジャーはそれを食い尽くして問題を起こさないのかな、あるいはもっと大変なことに猫を攻撃するのではないかと心配しました。でもEさんはジンジャーの欲張りを気にしなかったし、猫たちはジンジャーのことを怖がりませんでした。ジンジャーは猫に対してちょっと複雑な気持ちがあるようで、逃げる猫を追いかけるけれど、逃げない猫と仲良くする方針です。

話が順調に決まり、日本へ発つ少し前にジンジャーをEさんたちに引き渡しました。ジンジャーにまた会えるだろうと思ったのでそんなに悲しくなかったです。

僕たちが日本に着いてからEさんが時々連絡をくれました。彼女の話によりますと、クランシーとジンジャーはシニアの恋愛をしていたそうです。僕たちはジンジャーをずっと一匹で飼っていたので、雄犬の側にいるようになったジンジャーは嬉しかったのではないでしょうか。そして彼女もクランシーに自信と程よい刺激を与えたようでよかったなと思います。

Eさんは良心的な飼い主でしたが、ジンジャーの寿命はその後あまり長くありませんでした。腎不全と尿道炎で手術が必要でしたが、獣医さんの判断ではジンジャーは麻酔に耐えられなさそうでした。Eさんは結局安楽死させることにしました。僕が嫌がっていた結果ではありますが、ジンジャーはクランシーとの時間を与えられたことを嬉しく思います。

柔軟性は結局シニアたちにもあるみたいですね。両親は僕が側にいなくても大丈夫でしたし、ジンジャーもボイフレンドと遊んだりキャットフードを食い荒らしたりできる、気楽な晩年を手に入れました。そう考えるとこれからの僕にも希望があるような気がします。

2019年8月16日金曜日

来日して10年


2000年ごろから日本語を熱心に勉強してきた僕は、日本で暮らしてみたい気持ちはずっとありました。せっかく身につけた日本語力をもっと鍛えたかったし、文芸翻訳に関心に持つ僕は日本で暮らしてみないとうまく訳せないだろうなという懸念もありました。そして何よりも日本の人々と直接触れ合いたかったです。でも日本に引っ越すことは雲の上のような話で実際そうなると思ってもいませんでした。アメリカに仕事も家もありそして家族の事情もいろいろとあり、来日するなんて非現実的なことに感じられました。

ところが、2008年にアメリカの経済が悪くなったころにチャンスがやってまいりました。僕も家内も仕事を変えてもいいかもということになったので、これからどうしようといつもよりオープンマインドで将来のことを二人で考えてみたりしました。そして東京での仕事の公募をネット検索で気づいたときに、まぁ応募してみるかという軽い気持ちで履歴書を送くりました。その話は案外早く決まり、2009年2月に日本に引っ越すことになりました。

家も車も所有物の9割を売り払って、航空会社が認める重量ギリギリのスーツケースを引っ張って空港に出向きました。娘は8歳で僕は39歳でした。家内の年齢を非公開にしておきます。

これからその後の出来事を少しずつ綴っていきたいと思います。

写真は一昨年の夏休みに撮ったものです。2週間ほどアメリカで過ごして日本に戻ったら、富士山が雲からお顔を出して挨拶してくれました。何だか心強い光景でした。

2019年8月13日火曜日

Tobo、生きています!


皆さん、ご無沙汰しております。


とぼとぼ日本語を更新できない状況が長く続き、もう10年以上更新できていません。

自分でももう終わりだなぁって思っていました。

更新できない状況はというと、時間に余裕がない時期もあり、そして情けないことですがパスワードを忘れてしまったためログインできない時期もありました。

でも今さっき、パスワードをリカバーできましたので早速投稿することにしました。

これからToboの近況を少しずつお伝えしたいと思います。読んでくださる方はもういないにしても、何だかことブログを続けたい気持ちがあります。

どうぞよろしくお願いします。

2008年5月22日木曜日

一人ポンチ

先週末から、家内は娘を連れて日本の実家へ行っています。七五三の写真撮影が第一の目的ですが、親戚と遊んだり、美味しいものを食べたりできるので、旅人の二人は大喜びではしゃいでいます。

家内が里帰りする度に、私は一緒にお邪魔することが多いけれども、今回は家に残ることになりました。もちろん、行きたいは行きたいのだが、つい去年日本に行ってきましたし、娘は片親と二人で旅行できる歳になっているので、一人分の旅費を節約しようと決めました。

それで、二週間の間、私は一人ポンチになるわけです。いや、分かっていますよ。「一人ポンチ」は正確な日本語ではありませんね。普段「一人ぼっち」あるいは、「一人ぽっち」と言いますが、家内の実家では「一人ポンチ」というバリエーションが発明され、一時的にみんなの間で流行っていました。

「あら、君がいたか。何してんの?」
「読書だよ。一人ポンチだもん」

という調子で使う表現です。ポンチは英語のpunchという意味で使っているので、ボクサーのように空中を素早くパンチする仕草を付け加えるのがポイントです。

家内の実家で一人ポンチブームがとっくに終わりましたが、未だに私が自然に口にするのは一人ぽっちではなく、一人ポンチなのです。人前でうっかり使って大恥をかいたこともあります。

ともかく、一人ポンチの二週間、どうしようかな、と悩んでいるところです。

中年男が独身状態に戻ると、どんなことをするのでしょう。いろいろなイメージがつきますよね。一つは、野蛮化です。掃除をせず、ヒゲさえ剃らず、原始人らしくパンツ一丁で家の中を歩き回り、牛乳をコップに入ないでカートンから直接ゴクゴク飲む、という暮らしぶりです。

この野蛮スタイルの魅力を感じないでもないのですが、玄関のドアには大きな窓があるので、パンツ姿で歩き回るのは止めた方がよさそうです。それに牛乳をめったに飲みません。紅茶なら毎日飲みますが、ティーポットから直接という飲み方は、危険だけではなく、雰囲気をすっかり壊してしまうのでしょう。野蛮化するのに紅茶を捨てなきゃいけないのなら、ごめんです。

しかし、正反対のイメージはどうなのでしょう。文明を捨てないで、むしろ遊びまくることです。毎晩飲みに行き、夜明けごろに足を引きずって帰宅。ふむ、これも合わないよな、としか思えません。残念ながら、私は派手な遊びの似合わない人間なのです。例えば、高級バーにラマを連れて行ったら、どうですか。ラマは立派な動物であり、高級バーも価値のある場所ですが、その二つを組み合わせるとどうも違和感を感じるでしょう。私はラマではないけれど、高級バーに入るとラマ・レベルの違和感を覚えてしまいます。

しかたなく、仕事と原稿作成に集中しようか、という苦い結論にたどり着きました。そういえば、物置の整理も待っています。

やはり、この二週間を利用して、仕事と掃除をしましょう。無論、一人ポンチという仕草を時々しながら。

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直した原稿


先週末から、家内は娘を連れて日本の実家へ行っています。七五三の写真撮影が第一の目的ですが、親戚と遊んだり、美味しいものを食べたりできるので、旅人の二人は大喜びではしゃいでいます。

家内が里帰りする度に、私も一緒に付いて行くことが多いのですが、今回は家に残ることになりました。もちろん、行きたいは行きたいですが、去年も日本に行ってきましたし、娘は親と二人で旅行できる歳になっているので、一人分の旅費を節約しようと決めました。

それで、二週間の間、私は一人ポンチになるわけです。いや、分かっていますよ。「一人ポンチ」は正確な日本語ではありませんね。普通「一人ぼっち」あるいは、「一人ぽっち」と言いますが、家内の実家では「一人ポンチ」というバリエーションが発明され、一時的にみんなの間で流行っていました。

「あら、君がいたか。何してんの?」
「読書だよ。一人ポンチだもん」

という調子で使う表現ですが、空中を素早くポンチする仕草を付け加えるのがポイントです。

家内の実家では一人ポンチブームがとっくに終わりましたが、未だに私が自然に口にするのは一人ぽっちではなく、一人ポンチなのです。人前でうっかり使って大恥をかいたこともあります。

ともかく、一人ポンチの二週間、どうしようかな、と悩んでいるところです。

中年男が独身状態に戻ると、どんなことをするのでしょう。いろいろなイメージが浮かびますよね。一つは、野蛮化です。掃除をせず、ヒゲさえ剃らず、原始人らしくパンツ一丁で家の中を歩き回り、牛乳をコップに入ないでカートンから直接ゴクゴク飲む、という暮らしぶりです。

この野蛮スタイルの魅力を感じないでもないのですが、玄関のドアには大きな窓があるので、パンツ姿で歩き回るのは止めた方がよさそうです。それに牛乳をめったに飲みません。紅茶なら毎日飲みますが、ティーポットから直接という飲み方は、危険なだけではなく、雰囲気をすっかり壊してしまうでしょう。野蛮化するのに紅茶を捨てなきゃいけないのなら、ごめんです。

しかし、正反対のイメージではどうでしょう。文明を捨てないで、むしろ遊びまくることです。毎晩飲みに行き、夜明けごろに足を引きずって帰宅。ふむ、これも合わないよな、としか思えません。残念ながら、私は派手な遊びの似合わない人間なのです。例えば、高級バーにラマを連れて行ったら、どうでしょう。ラマは立派な動物であり、高級バーも価値のある場所ですが、違和感を感じるでしょう。私はラマではないけれど、高級バーに入るとラマ・レベルの場違いなのです。

しかたなく、仕事と原稿作成に集中しようか、という苦しい結論にたどり着きました。そういえば、物置の整理も私を待っています。

やはり、この二週間を利用して、仕事と掃除をしましょう。無論、一人ポンチという仕草を時々しながら。

2008年4月24日木曜日

カンザス大学優勝

大分遅れましたが、大学バスケのトーナメントが終わりました。この間の投稿にも書きましたが、64チームが参加するトーナメントで、その64のチームが4つのグループに分けられ、第1シードから第16シードから地位をつけられます。今年のトーナメントで、カンザス大学、メンフィス大学、UCLA大学、ノースカロライナ大学という第1シードが4つともベストフォーまで進みました。これは当然に聞こえるかもしれませんが、実は、前例のない、オドロキの結果でした。つまり、70年代から毎年、第1シードが少なくとも1つベストフォーの前につまづいていたのです。そして、決勝戦でカンザス大学が大きな逆転でメンフィス大学に勝ちました。

しかしながら、今年の結果が例外だといっても、第1シードばかりの、しかも有名大学ばかりのベストフォーが少し残念でした。このトーナメントの魅力は、あまり聞かない大学、いわゆる「バスケット貴族」に属しない大学の思いがけない成功です。

ですから、私にとって今年のトーナメントの面白いところは、ベストフォーだというより、デビッドソン大学とそのステファン・カリー選手でした。カリー選手は、ヒゲがまだ生えない高校一年生のように見えるけれども、実は驚くほどタフでクールな選手です。そして、第10シードのデビッドソン大学は、カリー選手の活躍で、第7シードのゴンザガ大学、だい2シードのジョージタウン大学、第3シードのウイスコンシン大学を敗れました。これらの試合で、カリー選手は、40点、30点、33点を入れました。その次の相手は、カンザス大学でしたが、デビッドソン大学はたったの2点で負け、カリー選手は25点を入れました。この著しい成功で、デビッドソン大学は今年のシンデレラ、と名づけられました。

大学バスケのシーズンが終わったばかりなのですが、それでも来年度のシーズンが始まる11月が待ち遠しいです。
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直した原稿

大分報告が遅くなりましたが、大学バスケのトーナメントが終わりました。この間の投稿にも書きましたが、64チームが参加するトーナメントで、その64のチームが4つのグループに分けられ、第1シードから第16シードまでの順位をつけられます。今年のトーナメントで、カンザス大学、メンフィス大学、UCLA大学、ノースカロライナ大学という第1シードのチームが4つともベストフォーまで進みました。これは当然に聞こえるかもしれませんが、実は、前例のない、オドロキの結果でした。つまり、70年代から毎年、第1シードのチームが少なくとも1つはベストフォーの前でつまづいていたのです。そして、決勝戦ではカンザス大学が大逆転でメンフィス大学に勝ちました。
しかしながら、今年の結果は例外的なものだとしても第1シードばかりの、しかも有名大学ばかりのベストフォーが少し残念でした。このトーナメントの魅力は、あまり聞かない大学、いわゆる「バスケット貴族」に属しない大学の思いがけない活躍です。
ですから、私にとって今年のトーナメントの面白いところは、ベストフォーではなく、デビッドソン大学とそのステファン・カリー選手でした。カリー選手は、ヒゲがまだ生えない高校一年生のように見えるけれども、実は驚くほどタフでクールな選手です。そして、第10シードのデビッドソン大学は、カリー選手の活躍で、第7シードのゴンザガ大学、第2シードのジョージタウン大学、第3シードのウイスコンシン大学を敗りました。これらの試合で、カリー選手は、40点、30点、33点を入れました。その次の相手は、カンザス大学でした。カリー選手は25点を入れましたが、デビッドソン大学はわずか2点差で負けました。この大活躍で、デビッドソン大学は今年のシンデレラ、と名づけられました。

大学バスケのシーズンは終わったばかりなのですが、それでも来年度のシーズンが始まる11月が待ち遠しいです。

2008年4月4日金曜日

楽しみながら学べるサイト

この間、おのまとぺ夫人という方がとぼとぼ日本語を訪れて下さいました。後で夫人の「Mrs. Onomatopoeia’s Diary」というブログを拝見したら、持ち主の名前通り、擬態語・擬声語を紹介するブログでした。日本語学習に非常に役立つサイトだと思います。

何故かと言いますと、こういう言葉は和英辞典に載っているものの、例文がなかったり、短か過ぎたりすることが多いからです。つまり、辞典を引いてみても、オノマトペの使い方がピンとこないことは少なくありません。そして、英語にはこういう言葉はあまりないので、自分の文章に擬態語を加えたくても、英和辞典で見つけることは難しいです。

それで、夫人のブログは擬態語・擬声語を習得することを大いに役立つと思います。短い例文を一つか二つ挙げる辞典に引き換え、夫人は、週に一回エッセイをお書きになり、その中にオノマトペを一つ使われます。どのエッセイも読みやすくて、面白いので、その文脈からオノマトペの自然な使い方が身につきそうですが、ページの下に、定義文が添えてあります。

これだけでも価値が充分あるのですが、エッセイの一部には、中平順子さんのイラストがついており、おかげでオノマトペの意味が更に感じ取りやすくなります。ただ、「ジョリジョリ」のイラストを拝見したら、「なんで白猫に黒いワキゲが生えるんだろう?」という疑問に直面しました。(ここでもう一つ疑問が生じるのです。もし、中平さんはシマウマを描かれたら、ワキゲは何色なんでしょうかね。)

そして、日本語をなが~く勉強してきた私は、「とぼとぼ」のイラストを見て、「そうなんだ!そういう感じだよ!」とつい叫びそうになりました。

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直した原稿

この間、おのまとぺ夫人という方がとぼとぼ日本語を訪れて下さいました。後で夫人の「Mrs. Onomatopoeia’s Diary」というブログを拝見したら、持ち主の名前通り、擬態語・擬声語を紹介するブログでした。日本語学習に非常に役立つサイトだと思います。

何故かと言いますと、こういう言葉は和英辞典に載っているものの、例文がなかったり、短すぎたりすることが多いからです。つまり、辞典を引いてみても、オノマトペの使い方がピンとこないことが少なくありません。そして、英語にはこういう言葉はあまりないので、自分の文章に擬態語を加えたくても、英和辞典で見つけることは難しいのです。

それで、夫人のブログは擬態語・擬声語を習得するために大いに役立つと思います。短い例文を一つか二つ挙げる辞典にひきかえ、そこでは毎週違うオノマトペを使ったエッセイがアップされています。どのエッセイも読みやすくて、面白いので、その文脈からオノマトペの自然な使い方が身につくばかりでなく、ページの下にはちゃんとその語義が添えてあります。

これだけでも価値が充分あるのですが、エッセイの一部には、中平順子さんのイラストがついており、おかげでオノマトペの意味が更に感じ取りやすくなります。ただ、「ジョリジョリ」のイラストを拝見したとき、「なんで白猫に黒いワキゲが生えるんだろう?」という疑問に直面しました。(ここでもう一つ疑問が生じるのです。もし、中平さんはシマウマを描かれたら、ワキゲは何色なんでしょうかね。)

そして、日本語をなが~く勉強してきた私は、「とぼとぼ」のイラストを見て、「そうなんだ!そういう感じだよ!」とつい叫びそうになりました。

2008年3月28日金曜日

食後の会話

  三月上旬の話です。日本人補習授業校の学年の終わりが近付き、今度の土曜日に終業式が行われます。
  何故か、チビは一年生の代表として終業式で挨拶をする、と自ら進んで約束したのです。
  はっきりいって、これはあまりチビらしくありません。自分の日本語能力に軽い劣等感を持つチビは、普段は人前で話すのが苦手ですけれど、この約束をした前に、二週間後の終業式は遠い将来のように感じたかもしれません。
  ともあれ、今は家族三人で食後の消化タイムを兼ねた挨拶練習をしています。挨拶原稿を朗読するチビは、「学習発表会」という難しい言葉で何回かつまづき、少々落胆していたところです。以下の会話は英語も交じっていたけれど、肝心なところは日本語でした。
  「あん、これはできないよ~」とチビが涙ぐむ。
  「大丈夫だよ。もう少し練習すればできるようになるよ」とママが励まそうとする。
  ところが、チビが反論するだけ。「そんなことないよ。これをやる、と言わない方がよかった。ね、もしこの挨拶をしなかったら、どうなるの?」チビは約束を破ることを考えているらしい。
  驚いたパパが「恥をかく!」と口を挟み、説得にかかる。「でもな、もう約束しただろう。今さえ辞めっちゃいけないよ。しかもママのいう通りだよ。パパも日本語を勉強していた頃、発音しにくい言葉が沢山あったけどね、練習を重ねたら、少しずつできるようになったし、君の場合も同じだよ」
  「そうなの?よかったね、パパ。でも、やっぱりハジをかくことにする。鉛筆持ってくるね」
  「え?鉛筆を?どういうこと?」
  「だって、辞めたければ、ハジという書類を書かなくちゃいけないって言ったじゃない?」
  「ハジを・・・あ、恥をかく、のことだね。それはな、恥ずかしくなる、という意味だよ。」
  「そうか。やらなくちゃいけないのか・・・」
  「そうだよ。恥っていうのは、恥ずかしく感じることって意味で、かくは、作文を書く、というカクなんじゃなくて・・・なんだろう。よく分かんないけど、汗をかく、という表現もあって、それと一緒かな。ね、ママ、恥は、汗のように毛穴から染み出るって日本人が考えているの?」
  「そ、そんな・・・ 恥って・・・。とにかく、チビは、~しない方がよかった、という文法が使えるようになったわね。上達したよ!」
  チビは「そうかな・・・」と頭をかき、パパはその動詞の奥深さを無言のままで考え続ける。
  ちなみに、パパのアヤシイ日本語解説に悪影響を受けずに、チビは練習を続け、終業式で学級代表の挨拶を大きな声ですることが出来ました。

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直した原稿

  三月上旬の話です。日本人補習授業校の学年の終わりが近付き、今度の土曜日に終業式が行われる、というある日の出来事です。
  何故か、チビは一年生の代表として終業式で挨拶をする、と自ら進んで約束したのです。
  はっきりいって、これはあまりチビらしくありません。自分の日本語能力にいくらか劣等感を持つチビは、普段は人前で話すのが苦手ですけれど、この約束をした時には、二週間後の終業式は遠い未来のように感じていたかもしれません。
  ともあれ、今は家族三人で食後の消化タイムを兼ねた挨拶練習をしています。挨拶原稿を朗読するチビは、「学習発表会」という難しい言葉で何回かつまづき、少々落胆しているところです。以下の会話は英語も交じっていたけれど、肝心なところは日本語でした。
  「あん、これはできないよ~」とチビが涙ぐむ。
  「大丈夫だよ。もう少し練習すればできるようになるよ」とママが励まそうとする。
  ところが、チビは反論するだけ。「そんなことないよ。これをやる、と言わない方がよかった。ね、もしこの挨拶をしなかったら、どうなるの?」チビは約束を破ることを考えているらしい。
  驚いたパパが「恥をかく!」と口を挟み、説得にかかる。「でもな、もう約束しただろう。今さら辞めちゃいけないよ。しかもママのいう通りだよ。パパも日本語を勉強していた頃、発音しにくい言葉が沢山あったけどね、練習を重ねたら、少しずつできるようになったし、君の場合も同じだよ」
  「そうなの?よかったね、パパ。でも、やっぱりハジをかくことにする。鉛筆持ってくるね」
  「え?鉛筆を?どういうこと?」
  「だって、辞めたければ、ハジという書類を書かなくちゃいけないって言ったじゃない?」
  「ハジを・・・あ、恥をかく、のことだね。それはな、恥ずかしくなる、という意味だよ。」
  「そうか。やらなくちゃいけないのか・・・」
  「そうだよ。恥っていうのは、恥ずかしく感じることって意味で、かくは、作文を書く、というカクなんじゃなくて・・・なんだろう。よく分かんないけど、汗をかく、という表現もあって、それと一緒かな。ね、ママ、恥は、汗のように毛穴から染み出るって日本人が考えているの?」
  「そ、そんな・・・ 恥って・・・。とにかく、チビは、~しない方がよかった、という文法が使えるようになったわね。上達したよ!」
  チビは「そうかな・・・」と頭をかき、パパはその動詞の奥深さを無言のままで考え続ける。
  ちなみに、パパのアヤシイ日本語解説に悪影響を受けずに、チビは練習を続け、終業式で学級代表の挨拶を大きな声ですることが出来ました。