三月上旬の話です。日本人補習授業校の学年の終わりが近付き、今度の土曜日に終業式が行われます。
何故か、チビは一年生の代表として終業式で挨拶をする、と自ら進んで約束したのです。
はっきりいって、これはあまりチビらしくありません。自分の日本語能力に軽い劣等感を持つチビは、普段は人前で話すのが苦手ですけれど、この約束をした前に、二週間後の終業式は遠い将来のように感じたかもしれません。
ともあれ、今は家族三人で食後の消化タイムを兼ねた挨拶練習をしています。挨拶原稿を朗読するチビは、「学習発表会」という難しい言葉で何回かつまづき、少々落胆していたところです。以下の会話は英語も交じっていたけれど、肝心なところは日本語でした。
「あん、これはできないよ~」とチビが涙ぐむ。
「大丈夫だよ。もう少し練習すればできるようになるよ」とママが励まそうとする。
ところが、チビが反論するだけ。「そんなことないよ。これをやる、と言わない方がよかった。ね、もしこの挨拶をしなかったら、どうなるの?」チビは約束を破ることを考えているらしい。
驚いたパパが「恥をかく!」と口を挟み、説得にかかる。「でもな、もう約束しただろう。今さえ辞めっちゃいけないよ。しかもママのいう通りだよ。パパも日本語を勉強していた頃、発音しにくい言葉が沢山あったけどね、練習を重ねたら、少しずつできるようになったし、君の場合も同じだよ」
「そうなの?よかったね、パパ。でも、やっぱりハジをかくことにする。鉛筆持ってくるね」
「え?鉛筆を?どういうこと?」
「だって、辞めたければ、ハジという書類を書かなくちゃいけないって言ったじゃない?」
「ハジを・・・あ、恥をかく、のことだね。それはな、恥ずかしくなる、という意味だよ。」
「そうか。やらなくちゃいけないのか・・・」
「そうだよ。恥っていうのは、恥ずかしく感じることって意味で、かくは、作文を書く、というカクなんじゃなくて・・・なんだろう。よく分かんないけど、汗をかく、という表現もあって、それと一緒かな。ね、ママ、恥は、汗のように毛穴から染み出るって日本人が考えているの?」
「そ、そんな・・・ 恥って・・・。とにかく、チビは、~しない方がよかった、という文法が使えるようになったわね。上達したよ!」
チビは「そうかな・・・」と頭をかき、パパはその動詞の奥深さを無言のままで考え続ける。
ちなみに、パパのアヤシイ日本語解説に悪影響を受けずに、チビは練習を続け、終業式で学級代表の挨拶を大きな声ですることが出来ました。
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直した原稿
三月上旬の話です。日本人補習授業校の学年の終わりが近付き、今度の土曜日に終業式が行われる、というある日の出来事です。
何故か、チビは一年生の代表として終業式で挨拶をする、と自ら進んで約束したのです。
はっきりいって、これはあまりチビらしくありません。自分の日本語能力にいくらか劣等感を持つチビは、普段は人前で話すのが苦手ですけれど、この約束をした時には、二週間後の終業式は遠い未来のように感じていたかもしれません。
ともあれ、今は家族三人で食後の消化タイムを兼ねた挨拶練習をしています。挨拶原稿を朗読するチビは、「学習発表会」という難しい言葉で何回かつまづき、少々落胆しているところです。以下の会話は英語も交じっていたけれど、肝心なところは日本語でした。
「あん、これはできないよ~」とチビが涙ぐむ。
「大丈夫だよ。もう少し練習すればできるようになるよ」とママが励まそうとする。
ところが、チビは反論するだけ。「そんなことないよ。これをやる、と言わない方がよかった。ね、もしこの挨拶をしなかったら、どうなるの?」チビは約束を破ることを考えているらしい。
驚いたパパが「恥をかく!」と口を挟み、説得にかかる。「でもな、もう約束しただろう。今さら辞めちゃいけないよ。しかもママのいう通りだよ。パパも日本語を勉強していた頃、発音しにくい言葉が沢山あったけどね、練習を重ねたら、少しずつできるようになったし、君の場合も同じだよ」
「そうなの?よかったね、パパ。でも、やっぱりハジをかくことにする。鉛筆持ってくるね」
「え?鉛筆を?どういうこと?」
「だって、辞めたければ、ハジという書類を書かなくちゃいけないって言ったじゃない?」
「ハジを・・・あ、恥をかく、のことだね。それはな、恥ずかしくなる、という意味だよ。」
「そうか。やらなくちゃいけないのか・・・」
「そうだよ。恥っていうのは、恥ずかしく感じることって意味で、かくは、作文を書く、というカクなんじゃなくて・・・なんだろう。よく分かんないけど、汗をかく、という表現もあって、それと一緒かな。ね、ママ、恥は、汗のように毛穴から染み出るって日本人が考えているの?」
「そ、そんな・・・ 恥って・・・。とにかく、チビは、~しない方がよかった、という文法が使えるようになったわね。上達したよ!」
チビは「そうかな・・・」と頭をかき、パパはその動詞の奥深さを無言のままで考え続ける。
ちなみに、パパのアヤシイ日本語解説に悪影響を受けずに、チビは練習を続け、終業式で学級代表の挨拶を大きな声ですることが出来ました。
2 件のコメント:
とぼさん、こんにちは。
本当に子どもが人前で何かを発表するときって、親は子どもよりもハラハラドキドキしてしまいますよね。それで、結構、ちゃんと出来るものなんですよね。これも子育ての醍醐味なんでしょう。
子どもの言葉にびっくりしたり、大笑いしたりしたことはうちでもたくさんあった…んですが、書きとめておけばよかったなあ、と残念に思っています。言葉って、こうやって覚えていくんですね。
そこで、数少ない覚えているエピソードをひとつ。
息子が小学校1年くらいのとき、私と夫が「リンパ腺」の話をしていました。すると息子が「あ、それ知ってる!海の底に沈んでるヤツ!」
夫婦揃って言いました。「それは難破船!」
こぢんまりさん、ご訪問とコメントをありがとうございます。
本当に、子供の言葉で親は嬉しい思い出が沢山できますよね。そのとき、息子さんは、大人の会話に参加できた!という自慢げな気持ちになっていたんでしょうね。子供が自分から新しい言葉に挑戦して、親が自分達の方からそれを手伝ってやるのは、家族のベストかもしれません。
私もそろそろ娘のエピソードを書き溜めた方がいいですね。
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