私の職業には一年間のリズムがあり、年の前半は割と時間の余裕ができます。そして、今年は更にスケジュールを空けて、仕事の合間に日本語で文章を書いています。
なぜならば、ブログというジャンルに合わなさそうな内容を書き留めたいからです。例えば、このブログでもそうですが、私はよく「どうして日本語に興味を持ったんですか」というようなことを聞かれます。この単純な質問に答えるのは容易ではなく、聞かれる度に、「ふむ、どうしてだったっけ?」と自問してしまいます。勿論、理由はこれとこれだ、と簡単にまとめることは出来なくはないけれど、結局のところ、「どうして20年間勉強してきたの?」という問いは、「あなたの性格を説明してちょうだい」ということになります。
この話題は、とぼとぼ日本語のテーマに一致していますが、規模はちょっと合わないような気がします。ブログは気軽に書けるような、日常的な生活の断片をネタにすることが普通ですが、これから書きたいのは、もっと長くて、統一したテーマに焦点を合わせた文章です。(といっても、ブログにはブログなりの面白みがあり、とぼとぼ日本語を止めるつもりはありません。)
自分のいいところなのか、悪いところなのか、よく解りませんが、私は一旦活動を始めれば、とことんやっちまえ!という気持ちになってしまいます。そして、この文章の場合も、やるんだったら、ちゃんとした文章を書こうという熱意が湧いてきました。それで飛び込みがちな私は、本を書くことを考え付きました。
私の日本語の失敗に気づいている読者様は苦笑するのでしょう。それは当然だと思います。しかし、完璧にできないから、と言ってこの原稿を今の内に書かないのなら、一生やらないことになるのでしょう。私の職業にもリズムがありますが、人生もそうではないでしょうか。その後半に入ろうとしている私には、ゆっくりする余裕はありません。(そんな自分は、「背後から聞こえる音は、迫って来る、時のチャリオット」と詠ったAndrew Marvellの気持ちが解ってきたかもしれません。)
とにかく、思い切って書いています。文章作成に時間をかけていると、とても豊かな気分になります。一つの文に二、三時間をかけることもあります。作成の最中は髪の毛をむしりたくなりますが、とうとう納得できる文が出来上がると、なんとも言えない満足感を味わえます。
念のために言っておきますが、私は自分の人生が素晴らしいものだと思い込んでいません。却って、私はごく平凡な毎日を送っています。しかし、「アメリカで日本語を」という立場には、なんらかの面白みがあるかもしれません。人性と立場の区別は微妙なものですが、この本の質の決め手の一つだと思います。
本の暫定題名は、「日本語アドベンチャー」です。出版社は興味を示すかどうかは分かりませんが、集中的に書いている時の充実感だけでも、書いてみても損はないと思います。第一章と第二章にはまだ訂正が必要だと思いますが、第三章を書き始めたところです。
10 件のコメント:
こんにちは。
ずっと更新されていなかったので、もうやめてしまわれるのかと思っていました。
文章を書くのは、好きな人にとっては本当に充実した想いを持てるものですね。何よりも「書きたいことがある」のが大事だと思います。完璧な日本語が書けるようになってから、何かを書くのでは遅い、と私も思っています。
ところで、欧米では文章の長さを「語数」で表しますよね。日本では「文字数」で、近頃では「A4版で何枚」というのをよく聞きます。一昔前までは「400字詰め原稿用紙何枚」でした。
こぢんまりさん、こんにちは。ずっと更新をサボっていて、どうもすみませんでした。とぼとぼ日本語というブログですが、「断続日本語」というタイトルにした方がよさそうですね。
ご感想ありがとうございます。不十分な日本語でも、とりあえず書いてみよう、と考えている私は、こぢんまりさんに解って頂けるのは、とても嬉しいです。
そして、語数という言葉の使い方を教えて頂けたことも嬉しいです。アメリカにはA4版はめったにないので、かってに語数を使ってみました。でも、原稿の長さはそんなに大切ではないと思います。何よりも、書き続けていきたいですね。
やはり外国語での執筆という作業には母語で書く時とはまた別の充実感や快感がありますよね。
適当に書いてもそれなりに形になってしまう母語とは違い、ある程度意識的に思考をめぐらせながら書かなければならないためか、日本語を母語としない方が書いた日本語の文章を読むと研ぎ澄まされた印象を受けることがよくあります。特に単語や表現の選択が絶妙だったりすると思わず「さすがだなあ」とうなってしまいます。
私も最近とぼさんに触発されてちょっと外国語(一番得意なインドネシア語)で何か書いてみようかなと思っているところです。
本の完成を楽しみにしてますよ。
osawaさん、こんにちは。インドネシア語ができるんですね。素晴らしいです!インドネシアに滞在したことでもあるのでしょうね。是非、インドネシア語で書いてみてください。(といっても、私は応援をしますが、読むことは出来ません。)
本当に稀なことですが、外国語を勉強していると、時々自分の言いたいことにぴったりした言葉がみつかり、「母語だったら、こんな表現できないよね」という不思議な感覚を味わえます。例えば、お風呂上りの「さっぱりした~!」を表す英語はないような気がします。近い表現があるものの、ぴったりしたのはないかもしれません。
でも、こういうのは毎日あるわけではないですね。殆どは、「これで通じるかな・・・」という気持ちで書いていますよ。
とぼさん、こんにちは。
毎回、投稿までにはずいぶんと労力のかかる作業を重ねておられることと思います。
じっくりと時間をかけて書き上げられたとぼさんのお話を、いつも楽しみにしています。
とぼさんの、言葉をひとつひとつ吟味して大切に選んでおられるご姿勢はとてもすてきですね。
これからも、一ファンとして陰ながら応援しております。
匿名さん、コメントとご訪問をありがとうございます。
日本語で会話していると、間違った表現や不正確な表現が殆どです。その弱点を克服できない私には、文章の魅力の一つは、書き直しです。いつか、キーボードを無造作にがたがた叩きながら、日本語を気軽に書けるようになれたら、とも思いますが、今は言葉に気をつけながら、ゆっくりと書くことが、向上への道でしょう。
勿論、ご覧になって頂くだけでも嬉しいですが、よかったら、これからもご感想やアドバイスを聞かせて下さい。
こぢんまりさん、投稿を訂正するのを忘れてしまい、大変失礼しました!それでは、さっさと直しますね。
あ、「語数」という言葉を訂正なさったんですね。私は単に英語と日本語とでの原稿の長さの表し方の違いについて書いただけのつもりだったんですが、かえってすみませんでした。
なぜかこの時私の頭の中では、とぼさんが英語で書いて、それが日本語で翻訳されてここに出ているようになっていました。(翻訳文を読みすぎているからでしょうか?)それで「英文だから語数で原稿の長さを表すんだなあ」と思っていたわけです。可笑しいですね!
ところで、アメリカでは決まった大きさの紙で何枚分、といった言い方はあるんですか?
こぢんまりさん、こんにちは。
日本語を書いていると、普段は英語を媒体にせず、日本語で考えますが、この場合は、英語の"word count"は確かに私の頭の片隅にあったと思います。MSワードのメニューにその英語が書いてあるので、日本語文章作成していても何度も見ていますし。
それに、一昨年、初めて電子辞書を買った時、「~万語収録」というようなデーターをよく比較していたので、その限られた使い方を応用していたかもしれません。(ちなみに、その電気辞書は、このブログのトップページに掲載された写真に写ったもので、和英辞書のボタンの「和」はもう消えつつあります!)
紙サイズの呼び方なのですが、アメリカだと、8.5インチx11インチは殆どなので、そのサイズをはっきりいうことが少ないと思います。ですから、please give me # sheets of paperと簡単に言いますが、必要がある時に、standard sheet、又はeight and a half by elevenとも言えます。A4より、縦が少々短く、横幅が広いと思います。その平均語数はどのくらい変わるか分かりませんが、大きな差ではないでしょうね。
ただ、ページで数えると、文字の大きさや行間によって語数が随分変わるので、文章の長さがはっきりしませんね。大学生が「三ページのエッセイを書きなさい」と言われると、余白をひろ~くして、二ページの内容を三ページに伸ばす人もいます!
コメントを投稿