
日本語は言語として、柔らかさに富んでいると思います。「柔らかさに富む」という言い回しがおかしいだろうけれども、日本語は文型がわりと自由に変えられるし、外来語を容易に吸収できるし、とても柔らかい言語なのでしょう。
例えば、日本語の単語を外国語と組み合わせることがあるでしょう。しかも、二つの言葉をつなぐだけではなく、言葉の破片を組み合わせて、新しい言葉を作ることができます。
この間、椎名誠の「わしらあやしい探検隊」を読んでみましたが、印象的な文がありました。筆者が非常に疲れていたシーンに、
「全身にくたびれイズムが溢れた」
と書いてあります。記憶が正確ではないので、本に出ていた文は多少違うかもしれませんが、「くたびれイズム」という言葉をはっきり覚えています。何故か、この「くたびれイズム」は直ぐに納得できましたが、考えてみると不思議な言葉です。第一、日本語に「疲れ」や「疲労」のような言葉が沢山あるので、新語を造る必要がありません。そして、文を英語で飾りたければ、英単語を一つそのまま入れればいいです。ところが、私の鈍い日本語感覚には、椎名氏のその時の究極な疲れを表すのに、「くたびれイズム」が最適だと思います。椎名氏は、「正しいあやしさ」を大切にしている人間なので、このあやしい新語が似合うのかもしれません。
他にも例がいっぱいあります。この間テレビを観ていたら、「知るを楽しむ」に金田一秀穂氏は、日本語が視覚を重視する言語だ、と語っていました。例えば、「W杯」と書く言葉は、「ワールド・カップ」と発音する、と金田一氏が例を挙げました。又、「W不倫」と書けば、「ダブル不倫」と発音するらしいです。前者にはWの発音が、後者にWの名前が使われています。つまり、このラテン文字に、まるで漢字の音訓読みのような使い方が日本人に発見されたという訳です。念のために言っておきますが、私は不倫に(そして正直にいうとサッカーにも)全く興味がないのです。でも、この例が非常に面白いと思いました。
皆様は、日本語の柔らかさに関してはどう思っていますか?何か面白い例があれば、是非コメントを入れてください。




















